役員・選手への注意喚起 <弁護士水野英樹氏監修>
1 はじめに
一般社団法人NDCJやその加盟団体の会員間において、いわゆるマルチ商法の勧誘がなされているようです。
マルチ商法には以下に述べるように多くの問題点がありますし、その勧誘が会員間で行われることにより会員間でトラブルが発生する危険性が高いものです。最悪、組織が瓦解しかねません。そして、一般社団法人NDCJおよび加盟団体、しいてはダンス業界全体への信頼を失うことにもなりかねません。
マルチ商法等の問題のある商法には関与しないことをお勧めするとともに、会員間における勧誘は絶対に行わないよう注意喚起するものです。
2 会員間で勧誘をすることの問題点
ア 優越的な地位が利用されるおそれがある
追記で述べるように、会員は投資額を回収するために、新規会員を勧誘しなければなりません。その勧誘相手はどうしても親しい人になりがちです。会員間では勧誘がしやすいかもしれません。そして、できるだけ多くの利益を得るために、執拗な勧誘になりがちです。その勧誘の際、優越的な地位が利用されるおそれがあります。先生と生徒の関係、指導者と被指導者の関係、先輩と後輩の関係、ランクの上下の関係など、会員間には、様々な力関係があります。この優越的な地位を利用して勧誘がなされると、優越的な地位にいない会員は断り切れず、勧誘に応じざるを得ない場合があり得ます。いずれ破綻する商法にいわば強引に出資させるという結果になりかねません。
優越的な地位を利用して勧誘を行った場合、その行為の違法性が高まる要素となり、勧誘者の損害賠償義務が認められやすくなると考えます。
イ 利害の対立を産む
勧誘された会員が損をすれば、勧誘した会員に対して文句を言いたくなるのは当然です。「儲かる」という説明を受けたにもかかわらず損をしたのですから。その額が大きくなれば、泣き寝入りをせず、法的措置へと進まざるを得ない場合もあるでしょう。
いずれにせよ、人間関係にヒビが入ることは確実です。ダンスの発展のための協同はできなくなります。
3 その他の商法について
この文書で全ての問題ある商法について触れることはできません。しかし、マルチ商法以外にも、問題のある商法は多々あります。特に問題があるのは、勧誘される者の負担によって、勧誘した者がなんらかの利益を得る商法です。ましてや詐欺が行われてはなりません。一般社団法人NDCJおよび加盟団体の会員の皆様は、マルチ商法や詐欺的商法など、問題のある商法について、関与しないとともに、会員に対して勧誘をなさらないことをお勧めします。ダンス業界の関係者ならびに受講者や生徒などに対して勧誘することもNDCJおよびその加盟団体、そしてダンス業界全体の信頼を失うことにつながりますので、おやめください。
追記1 マルチ商法とは
消費者庁の注意喚起文書は、マルチ商法を「商品やサービスを契約して、次は自分が買い手を探し、次々に販売組織に加入させ、ピラミッド式に拡大させていく商法」としています。
しかし、マルチ商法の定義にこだわることにはあまり意味がありません。なぜなら、次々と新たな形式の商法が生み出されているからです。私は、以下のような特徴を有する商法は、全てマルチ商法といってよいと考えています。
ア システムの加入者をいくつかのレベルに区分し、上級のレベルに進むためには、より多くの負担を負わなければならないが、反面、利益も大きくなる。
イ 加入者は、商品の販売や役務の提供などによりその対価を取得するほか、組織への新たな加入者を増やしたり、あるいは下のレベルの者を上のレベルに昇格させたりすることで多額の利益を取得する。特に、商品の販売や役務の提供の対価よりも、加入者を増やすことによる利益のほうが大きい。
(第二東京弁護士会消費者問題法律相談ガイドブックより引用)
これらの特徴を有している商法、あるいはこれらの特徴の多くを有している商法はマルチ商法と理解してよいと考えます。
追記2 マルチ商法の問題点
マルチ商法は法律で禁止されていません。法律が規制しているのは、取引態様の規制や不当勧誘を禁止しているだけです(特定商取引法33条~40条、罰則もあります。)。
しかし、マルチ商法は以下の問題点を有しています。
ア 「無限の収益」という欺瞞性
組織に参加した会員全てが利益を上げ続けるためには、組織が無限に拡大し続けなければなりません。しかし、無限に拡大することはありえません。いずれは破綻することが明らかです。しかし、あたかも無限に拡大し、破綻することはないかのような説明がなされます。
イ 欺罔的で執拗な勧誘になりやすい
新たに会員となった者は、新たに会員を増やさなければ自分に利益がありません。特に最初に出資をしている場合には、出資分をとりかえすために、必死になりがちです。そのため、どうしても勧誘が欺罔的になったり、執拗になったりします。
ウ 加害者と被害者を生み出す
残念ながら、マルチ商法で会員全員が「儲かった」という話を聞きません。そのような「うまい話」があれば、それこそ皆会員になっているでしょう。どうしても、「儲かった」会員と「損をした」会員を生み出してしまいます。
エ 裁判所が違法と認めて損害賠償を認めた例がある
ベルギーダイヤモンド社事件では、そのマルチ商法は公序良俗に違反し無効であるとして会社に対する損害賠償を認めました(大阪地裁判決平成3年3月11日など多数)。裁判所は、①人の金銭的欲望を巧みについている、②一部の極端な成功例を紹介し、組織の中で努力すればそのように成功することができると言って高収入獲得への欲望を煽っている、③いたずらに関係者の射幸心を煽っている、④破綻することは必然的な組織である、ということなどを指摘して違法性を認めました。
L&G社事件も同様に、会社に対する損害賠償を認めたほか、上位会員である勧誘者にも損害賠償義務を認めました(東京地裁判決平成27年3月30日)。裁判所は、①高利配当の原資は専ら新規加入者の拠出金であること、②したがって破綻は必然であること、③射幸心を不当に煽るものであること、④一旦破綻すれば被害者が多数現れることなどを指摘して商法が違法であるとしています。そして、上位会員について、新規出資者の出資金が約定どおりに返済されないこと又はその蓋然性が高いことを認識していたこと、あるいはそれを認識できたとして、損害賠償義務を認めています。